拓魂碑

Abstract
Description
{ "@type": "StelePhotoSetMetadata", "Identifiers": [], "Title": { "ja": "拓魂碑", "en": "Takkon monument" }, "AlternativeTitle": { "ja": "" }, "Creator": { "label": "川尻吏紗・池戸あゆみ", "org": "中部大学" }, "Contributors": [], "CreatedDate": "2025-12-04", "SteleCreator": { "ja": "郡上満洲開拓殉難者碑建設委員会" }, "ErectedDate": "", "Stone": { "Quality": "ざらざら" }, "Inscription": { "Text": { "ja": "噫開拓殉難の烈士\n\n昭和七年開始の満洲開拓の国策に応じ 郡上青年\nの海外発展は開拓団 青少年義勇隊 開拓女塾\n生 報国隊等 次第に激増し 遂には 満洲開拓\n特別指導郡として 挙郡一体分村計画により 郡\n上村 山路郷 高鷲村 和良村 秀真 瑞穂 積\n翆 興和 西和良 東の十個開拓団 総数三千三\n百全士 夫々異郷万里の眩野辺境に 一家を挙げ\nて護身 よく百難を克服して 凍土を起し 里土\nを耕し凌霜不撓ナニクソ オカケサマの郡上気魄\nに生き抜き全満屈指の模範村 民族協礼の理想郷\nを生み育てるに至つた 然るに 昭和二十年八月\n思わざる祖国の敗戦により 血と汗の建設は 一\n瞬にして崩壊し ソ連軍の進撃 土民暴動の渦中\nに 凄惨極まる難民と化し 銃弾 疫病 飢餓酷\n寒に痛恨涙を呑んで 次々と斃れゆく者千三百余\n柱\n 悲願空しく 夢破れたりとはいえ 生残つた私\n共が再び祖国の土を踏んだ\n 耐え難き世紀の苦難 乗り越えし\n  この力もて 村造りせむ(辻村徳松作)\n 私達を待つ 第二の開拓 郷土開発の情熱にこそ\n君達は常に生き 拓魂一路 永遠に後続の同志を\n励まし続ける 茲に 同志相図り 無惨に散つた\n先輩の〇後を慕いつつ万感を この碑にこめて不\n滅の業績を讃え 諸共に 慈光の下 今後の精進\nを誓うものである \n 東へ帰る日をまたずして\n  赤い夕日と西へおちゆく(和田慈敬作)  \n拓魂は 加藤完治 書\n昭和四十三年 七月\n郡上満洲開拓殉難者碑建設委員会\n" }, "Translation": { "ja": "昭和7年(1932年)、国の政策として始まった満洲開拓に応じて、郡上の若者たちは次々と海外へ渡りました。開拓団、青少年義勇隊、女子の開拓塾生、報国隊など、その参加は急速に増え、やがて郡上全体が「満洲開拓特別指導郡」として一体となり、分村計画を進めました。郡上村、山路郷、高鷲村、和良村、秀真、瑞穂、積翠、興和、西和良、東の十の開拓団、総勢3,300名が、家族ごと異郷の地へ渡り、厳しい環境の中で身を守りながら困難を乗り越え、凍りついた大地を耕し、村を築きました。郡上の「ナニクソ精神」に支えられ、模範的な村を作り上げ、民族協和の理想郷を育てるまでに至ったのです。\nしかし、昭和20年8月、祖国の敗戦によってその努力は一瞬にして崩れ去りました。ソ連軍の侵攻や現地住民の暴動の中で、彼らは難民となり、銃弾、疫病、飢え、極寒に苦しみ、1,300余名が命を落としました。\n夢は破れ、悲願は果たせなかったものの、生き残った私たちは再び祖国の土を踏みました。耐えがたい世紀の苦難を乗り越えた力をもって、今度は郷土の村づくりに励もうと誓います。\n散っていった先輩たちの志は、郷土開発への情熱の中に生き続け、後に続く仲間を永遠に励まし続けるでしょう。ここに同志が心を合わせ、無惨に倒れた先人を偲び、その不滅の業績を讃え、慈しみの光の下で今後の精進を誓います。\n「東へ帰る日を待たずして、赤い夕日とともに西へ落ちていった」――その無念を胸に刻みながら。\n昭和43年7月\n郡上満洲開拓殉難者碑建設委員会\n" }, "Purpose": "慰霊", "Transcription": { "Method": "Manual" } }, "Location": { "Name": { "ja": "岸剱神社前の道" }, "Address": "〒501-4214", "Admin": { "Prefecture": "岐阜県", "CityWard": "郡上市八幡町", "District": "柳町" } }, "Geo": { "WGS84": { "lat": 35.7519669, "lon": 136.9592001 }, "OriginalDMS": { "LatitudeDMS": "35°45'7.081\"N", "LongitudeDMS": "139°57'33.120\"E" }, "GeoSource": "GPS" }, "WarContext": { "WarPeriod": "満洲事変(1931-1933)", "SiteType": "慰霊碑", "RelatedUnitsOrPersons": [], "CasualtiesOrVictims": { "Count": 1300 } }, "Preservation": { "Status": "未指定" }, "EnvironmentDescription": "", "Stakeholders": "", "StakeholderOrganizations": [], "OralHistory": [ { "Interviewee": { "label": "E" }, "Date": "2025-02-02", "Consent": "Yes" } ], "References": [ { "title": "R", "creators": [] } ], "Rights": { "license": "Educational use only", "access": "open" }, "Images": [ { "order": 0, "name": "", "view": "全景", "captureDate": "0001-01-01", "rotation": 0, "scale": 1, "offsetX": 0, "offsetY": 0 } ], "RelatedMedia": [ { "type": "dataset", "url": "/p/f.glb", "date": "2025-12-04", "title": "拓魂碑", "creator": "川尻吏紗・池戸あゆみ" } ], "InterviewContent": "", "Persistence": "半永久的", "Notes": "", "Provenance": { "Version": "1.0.0" }, "Conformance": { "DublinCore": true, "CIDOC_CRM_Mappable": true, "SchemaOrg_Mappable": true } }
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